情報処理学会がパブコメ

http://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/statement2006.html
場渡り的に あるものを組み合わせるしか能力のない連中が 多すぎるってのが一番問題なんだろ。
もし、ライブラリが足りなかったらその時点で終了とか ライブラリが遅かったら ってプロファイリングする文化もないしなー >日本のソフト業界
おそらく、「実装されたコードのうち常に利用される部分は全体の10%」 って理論も知らないぞ。
プロファイリングってその10%を見つける手法なんだけど コードを追っかけて終了って奴多いんじゃないかな・・・
「実装されたコードのうち常に利用される部分は全体の10%」 ってのがあるから ページングなりキャッシュが有効になるんだけど。
おそかったら デバイスを新しくすればいい っておもってしまって 結局お金(設備)に走る馬鹿。
昔に思ってたことなんだけど、 結局コードって 環境に依存してしまうわけで、環境に対するアプローチなり思考なりがなかったら 使い物になるコードは書けん 
あと、おもしろかった話で 「IBMがTSSをはじめて実装したときに聞きかじりでTSSを組んだ馬鹿な奴」がいたんだが、 知っているものをくみあわせて結局使い物にならないぐらい遅かったとか。
でもって、遅いって言うのは タスクスイッチ等に占める割合が致命的に多くて 実際のシステムとしては使い物にならなかった。
まあ、反証としては winがそれぐらい資源無駄遣いしてるんだけど、マシンが速くなって片づいてるもんな。
でも、やっぱり、無限の計算力は存在しないから 現在でもネットワークの遅延なり リソースの局所性なりで障害は残っている。
だから、馬鹿は何でもかんでもDBにつっこんで お金よこせ で終了。
情報の局所性は システムが作ってるんじゃなくて 人間が作っているって考察さえできねえもんな。
まあ、 何でも公開してプライバシーのない世界作ってしまえばそれでも良いのかもしれないけど 数十年のオーダーで世の中は変わらないだろうな(つまり人間はプライバシーを欲し続ける)
たぶん、鉄道が最初に出来たとき 「旅行なんて考えられなかった」 って人が大多数で 30年ぐらいたってから 鉄道の真のメリットを享受したのだろう。
俺は想像もつかないけど、村を出ることはすさまじい恐怖とかあったんじゃないかなー
例として 旅芸人とかは階層では最下だったとことか。 旅芸人だけが わたることの楽しさを占有してたんだろうなー
共有の楽しさは知ってる人にしか分からないと・・・失うデメリットより得るデメリットの方が多いって体感しないと無理なのだろう。
逆を言えば、情報を部分的に小出しにすることで儲かっているつもりの人が多すぎるのだろうな・・・対価としてもらっている部分は別として。